昨年秋に初めて聴いた。「一度聴いてみてください」と読者の方からお便りをいただいたのがきっかけだった▼「手紙~親愛なる子供たちへ~」というタイトルの曲だった。樋口了一という初めて聞く名前のシンガー・ソングライターがギターを弾きながら歌っていた。語り掛けるように歌う。静かに引き込まれる▼〈年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても〉と歌詞は始まる。〈どうかそのままの私のことを理解して欲しい〉…〈服の上に食べ物をこぼしたとしても〉〈同じ話を何度も何度も繰り返しても〉…▼聴く人が静かに増え、樋口さんがいろいろと語る機会も増えた。作者不詳のポルトガル語の詩を、友人の角智織さんが訳し、樋口さんがメロディーを付けたという。戸惑いもあった。介護問題に詳しいわけでもない自分に「こんな曲を歌う資格があるのか」と▼樋口さんには老いた父がいる。熊本に帰省したときに聞いた一言で吹っ切れた。先日テレビでそう話していた。「自分はもう長くはない。でもそれは自然なこと。悲しいことではない」と言われたそうだ▼悲しいことではない。曲の中の親もそのことを子どもたちに伝えようとする。〈あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい〉。歌詞に同じ思いを重ねる人がこの国にはたくさんいる。涙なしに聴き終えるのは難しい。(2009年5月25日)
論説委員から 遠く離れた実家で暮らす老いた両親に毎朝、電話をかけている。話題がそんなに続くわけもなく、最後はいつも「昨夜は何食べた?」。記憶力の衰えた父親は「覚えちゃおらん」とお決まりの返事。隣から母親が「正解」を告げる。そんな父親が大病を患い、手術の前夜「もしものことがあっても延命措置は要らん」。翌朝、延命措置の確認をすると「覚えちゃおらん」。私は親の「人生の終わり」に付き添えるだろうか。同じような境遇にあり、分かってもらえる人もいるかもしれない。そう考え、私事ながら書いてしまった。(2021年5月30日)
からの記事と詳細 ( あの日の春秋:人生の終わりに付き添って(2009年5月25日) - 西日本新聞 )
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