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Friday, January 28, 2022

この世の終わりを避けるのにかかるコストの意外な安さ ハラリ氏寄稿 - 朝日新聞デジタル

寄稿 歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリさん

 気候危機が悪化するなか、現実の否定から絶望へと一気に立場を変える人が多過ぎる。数年前には、気候変動を否定したり、脅威の巨大さを軽く見たり、心配するのは時期尚早と切り捨てたりする声がよく聞かれた。それが今では大勢の人が、もう手遅れだと言う。この世の終わりが迫っている、もう防ぎようがない、と。

 絶望は否定に劣らず危険だ。そして、否定と同様、間違っている。人類には意のままにできる膨大な資金があるから、それを賢く使えば、依然として生態系の破綻(はたん)は回避できる。だが、破局を食い止めるのに、いったいどれだけコストがかかるだろう? 人類が壊滅的な気候変動の防止を望むとしたら、どれほど高額な小切手を切る羽目になるだろうか?

 Yuval Noah Harari 1976年イスラエル生まれ。ヘブライ大学教授。著書に「サピエンス全史」「ホモ・デウス」「漫画サピエンス全史」(いずれも河出書房新社)など。

 当然ながら、確実なことは誰にもわからない。私は仲間たちとともに何週間もかけてさまざまな報告書や学術論文を精査し、数字の海を漂った。だが、背後にあるモデルはみな目がくらむほど複雑ではあっても、そうした数字が指し示すものには、勇気づけられてしかるべきだろう。国際エネルギー機関(IEA)によれば、ネットゼロ(排出量実質ゼロ)炭素経済の達成のためには、すでにエネルギーシステムに対して行っていることに加えて、世界の国内総生産(GDP)年間総額のたった2%を費やすだけでいいという(https://iea.blob.core.windows.net/assets/ad0d4830-bd7e-47b6-838c-40d115733c13/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector.pdf別ウインドウで開きます)。最近ロイター通信が気候変動を研究する経済学者を対象に実施した調査では、炭素排出量を実質ゼロにするには世界のGDPのわずか2~3%しか必要ないということで大半の回答者の意見が一致した(https://www.reuters.com/business/cop/climate-inaction-costlier-than-net-zero-transition-economists-2021-10-25/別ウインドウで開きます)。経済の脱炭素化のコストをそれより若干高め(https://irena.org/newsroom/pressreleases/2021/Jun/IRENAs-World-Energy-Transitions-Outlook-Re-Writes-Energy-Narrative-for-a-Net-Zero-World別ウインドウで開きます)、あるいは低め(https://www.weforum.org/agenda/2020/11/how-world-get-to-net-zero-carbon/別ウインドウで開きます)とする推定もあるが、そのどれもが世界のGDPの1桁台前半にとどまっている。

 これらの数字は、国連の気候変動に関する政府間パネルの評価とも通じる(https://www.ipcc.ch/site/assets/uploads/sites/2/2019/05/SR15_Chapter2_Low_Res.pdf別ウインドウで開きます)。同パネルが2018年に発表した画期的な報告では、気温の上昇を1・5度に抑えるには、クリーンエネルギーへの年間投資額を世界のGDPの3%前後まで増やす必要があるとされた。人類はすでにクリーンエネルギーにGDPの約1%を費やしているのだから、あと2%分増やすだけで足りるのだ!

 以上の数字は、エネルギー部門と運輸部門の変革コストに的を絞った計算の結果であり、それは両部門が群を抜いて重要だからだ。だが、土地利用、林業、農業など、温室効果ガスの排出源は他にもある。それに、あの悪名高い牛の放屁(ほうひ)も。うれしいことに、こうした排出の多くは、肉や乳製品の消費を減らしたり、植物由来の食品にもっと頼ったりするといった行動変化によって、安上がりに削減できる(https://www.nature.com/articles/d41586-019-02409-7別ウインドウで開きます)。肉を野菜に替えても余分なコストはかからないし、あなた(と熱帯雨林)の寿命を延ばす助けになる(https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.048996別ウインドウで開きます)。

 さまざまなモデルをあれこれ手直ししながら、これらの数字について果てしなく言い逃れを続けることもできる。だが、数字の背後にある全体像を捉えなければいけない。肝心なのは、この世の終わりを避けるのにかかる費用が、世界のGDPの1桁台前半に過ぎない点だ。断じて50%ではない。15%でもない。5%未満、ことによるとあとわずか2%を、適切に投資するだけでいいのだ。

 そして、「投資」という言葉に注目してほしい。紙幣を山と積んで火をつけ、大地の霊たちへの捧げ物とするなどとは言っていない。太陽エネルギーの高性能蓄電池や供給用の最新の送電網といった、新しいテクノロジーやインフラへの投資を話題にしているのだ。こうした投資は無数の新規雇用やビジネスチャンスを生み出すし、大気汚染が原因の病気から何百万もの人を救い、医療費の削減にもつながるので、長期的には採算が取れる可能性が高い(https://www.pnas.org/content/118/46/e2104061118別ウインドウで開きます)。私たちは、最も弱い立場にある人々を気候災害から守ったり、未来の各世代にとってより良い祖先となったり、その過程でますます繁栄する経済を創出したりできる。

 この素晴らしい見通しは、気候変動をめぐる激論の中で、どういうわけか脇に押しやられてしまった。だから、今こそそれに光を当てよう。そうすれば、人々に希望を与えるだけではなく、政治上の具体的な行動計画として結実しうるから、なおさらだ。私たちは近年、目標を1・5度という一つの数値で表すようになった。今度は目標達成の手段を別の数値で表すことができる――2%という数で。生態系に優しいテクノロジーとインフラへの投資を、20年の水準からあと2%分増やすのだ。

 もちろん、科学的に確固とした閾値(いきち)である1・5度という数とは違い、2%という数値は大まかな推測に過ぎない。人類が必要とする類いの政策を立案するのに役立つ概数として捉えるべきだ。多額の費用がかかるのは明らかだとはいえ、壊滅的な気候変動を防ぐのは、完全に実現可能なプロジェクトであることを、この数は物語っている。世界のGDP総額は現在およそ85兆ドル(約9700兆円)だから、その2%は約1兆7千億ドル(約194兆円)となる。つまり、環境を救うためには、経済を台無しにする必要もなければ、現代文明の成果をすべて捨て去る必要もないわけだ。物事の優先順位を明確にするだけでいい。

 ただし、GDPの2%相当の…

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