某月某日、ふと、気が付いたことがある。
長年、シングルファザーを名乗ってきたが、息子も一人立ちし、自立する今、ぼくはもうシングルファザーとは言えなくなった、のじゃないか、と・・・。
じゃあ、なんだ、ということになるが、うーむ、ただの「ファザー」かな。
息子は当然のことだが、自分の銀行口座を作り、自分名義で不動産屋、電気会社やガス会社と契約をした。
成人をしたので、あたりまえのことである。
昨日、友人のしまちゃん(ぼくの数少ない友人)が、
「辻ちゃん、ずっと十君と一緒に暮らしたっていいんじゃないの? ずっと、傍においときなよ」
と電話で言ったので、
「いや、しまちゃん。それでもいいんだけど、そうやって甘くさせていくと本人のためにならないんだ。説明が難しいけど、フランスは個人主義社会、そういう国なんだよ」
「そうなんだね、その徹底ぶりで、今日まで、十君を育ててきたんだものね」
ということになった。
この辺の話はもうずっとここに書いてきた通りで、フランスで子は自立していかないとならない。
家族と暮らす日本的な感じからすると、冷たく感じるかもしれないが、徹底した個人主義社会なので、たとえば、これもここに書いてきたことだが、老後も親は子を一切頼らない。どんなに高齢になっても、(ほとんど)みんな別々に暮らしている。
ぼくの家の周辺は、おじいさん、おばあさんの一人暮らしの人ばっかり・・・。でも、みんな逞しく生きている。
頑固に、自由に、毅然と生きている。
古本屋のクリスティーヌは、80歳前で一人暮らしだが、毎日、歩いてやって来て、自分の店をあけ、冬でも暖房を付けず、奥のテーブルで客を待って、小言は言うけど、それが人生だ、という顔で生きている。
だからぼくは彼女にいつも日本のお土産を渡している。
子供の家族と一緒に暮らしている人は、すくなくとも、パリのぼくのカルチエにはいない。たまーにいるけれど、それはある種、事情を抱えている人だったりする。
ぼくがあまりに自立をすすめるので、そのことで、息子も最初は不平を漏らしていたが、昨日、
「25日に鍵を貰えるので、26日にはもう引っ越したいんだけど、いいかな」
と連絡が来た。
引っ越し屋とまだ話が出来てないから、無理だよ、と言ったのだけど、
「じゃあ、トマとかウイリアムが手伝ってくれるから、自分らでやるね。こうなったら一日も早く自立したいんだ」
と言い出した。あはは・・・。こうなったら・・・。
ぼくも若い頃、自立までは不安があったものの、いざ、一人暮らしを始めたら、その自由さに興奮をして、逆に実家に寄り付かなくなった。
自立をして、社会を知ることで、人間は強くなるし、世界と自分との距離感が分かってくる。
仲間たちとの結束も強くなり、過保護な生活から一気に大人社会へと飛翔するのである。
今、息子はその入り口にいるのだと思う。背中を押すのは、ぼくだ。
息子の大学はパリ市の学園都市の中にあり、その近くに彼はアパルトマンを借りた。
学校まで歩いて10分、バイト先まではメトロで一本だ。
バイト先の人たちからは凄くかわいがられているようで、そこに一人、優しい先輩がいて、その子から、いろいろなことを学んでいる。
ぼくも、よく知る頭のいい子である。
そういう先輩が出来たことは彼にとってラッキーだった。
お酒の飲み方も、コーヒーのおいしさも、全部彼から習った、と自慢している。
その先輩を通して、ある角度において、社会を見ていくのであろう。
もちろん、その先輩も親元を離れ、自立してパリで生きてきた。自分の店を持つ夢があるので、影響を受けていくだろう。
9月5日に大学の最初のオリエンテーションがあるようだ。
そこで、全体のガイダンスのような説明会があり、その後、大学の先輩とかクラブからの勧誘、いろいろなものが待ち受けていることになる。
息子の大学は結構大きな大学なので、積極的に参加していかないと自分の居場所を見つけることが難しいかもしれない。
バイト先はうまく見つけることが出来たが、本業は学生なので、まずは、オリエンテーションが大事になる。9月20日くらいから授業がはじまるのだという。それまではバイトに明け暮れるのだそうだ。
「パパ、冷蔵庫を買わないとならない。あと、洗濯機も」
「オッケー。パパが戻り次第、買おう」
そこに、シングルファザーとして頑張ってきた、ぼくは、もういない。
成長し、大人になって、自立をしはじめようとしている息子を見守る「ファザー」のぼくがいるだけだ。
「パパも、自分の人生を考えてね」
息子が言った。
友人のチュック(ロシア系、日本人)から久しぶりにメールが届いた。
「エッセイ集、読んだよ。ぼくも息子たちを育てているから、何度も泣いた。ありがとう。この本を書いてくれて」
3000日を生き切ることだけを、一生懸命考えて生きてきた。その3000日が終わった今、ぼくは、逆にどうしていいのか、わからないでいる。
もう「シングルファザーです」という逃げ道はない。
ファザーとして、頑張る、しかないのである。
つづく。
今日も、読んでくれて、ありがとう。
実は、あの本をぼくは読み返していません。「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」はもう、ぼくにとっては過去のものだからです。ぼくは次の3000日を生きないとならないし、息子が言うように、誰にも迷惑をかけないで生きていく一人の人間として、自分の未来を考えないとならないのです。とにかく、パリに戻ったら、三四郎と田舎に行き、ちょっとだけ、休んで、ゆっくりと将来を考えます。あ、待てよ、引っ越しがあった! あはは。
さて、そんな回遊魚の父ちゃんから、お知らせ。
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