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Wednesday, October 19, 2022

「漫画を納めて終わり」じゃダメ トレンド・プロ2代目が生み出す付加価値 - ツギノジダイ

 トレンド・プロは1988年創業。今では「漫画広告のパイオニア」と呼ばれます。しかし、寛之さんの父で創業者の岡崎充さん(67)はそれまで、ラーメン屋やコーヒー豆の販売など様々な事業に挑戦したものの、うまくいかなかったそうです。

 新たな事業アイデアを練っていたところ、かつて働いていたヤマハ発動機での経験を思い出します。社内で営業企画のプレゼンをした時、役員が居眠りをしていたのです。どうにか目を引きたいと考えたのが、ストーリー仕立ての絵コンテでした。知り合いに頼んで漫画を描いてもらったところ、とても好評だったといいます。

 1980年代半ばごろ、漫画広告といえば、通信教育講座「進研ゼミ」のダイレクトメールくらいだったといいます。漫画広告が専門の会社や漫画家もなかったようです。そこで充さんは漫画広告に特化した会社を作ろうと考えました。

トレンド・プロの会議室。社員同士で漫画の企画を話し合ったり、漫画制作のための顧客への取材をしたりする(トレンド・プロ提供)

 ビジネスモデルはこうでした。まず、企業から「文章を漫画にしてほしい」という依頼があります。次に、トレンド・プロが漫画の企画を練り、契約する漫画家に作画を頼みます。完成した漫画を企業側に納品します。トレンド・プロは、漫画の制作費を企業から受け取ります。

 漫画家を募ってみると、予想を上回る数の応募がありました。興味を持つ企業も次第に増え、漫画広告の制作が軌道に乗りました。

 具体的にはどんな制作事例があるのでしょうか。2009年に始まった裁判員制度について、国民の不安解消を目的としたQ&A形式の漫画冊子は、240万部以上が印刷されたそうです。また、大手金融機関の口座開設について、新聞の全面広告で漫画を連載した際は、金融機関側から「今までで最も費用対効果が高い」と言われたといいます。

裁判員制度を解説した漫画。トレンド・プロでは民間企業だけではなく、官公庁からの仕事も多く受注している(トレンド・プロ提供)

 近年は広告にとどまらず、社内マニュアルやビジネス書向けの漫画を手がけることも増えました。人材採用のため、仕事内容を漫画で紹介して冊子にし、就職説明会などで配る例も多いそうです。

 順調に事業を拡大し、現在の顧客企業数は2000社。従業員は28人に増えました。2020年、寛之さんは充さんの後を継ぎ、2代目社長に就きました。

 寛之さんは兄と姉のいる3人きょうだいの末っ子です。充さんが家庭でも楽しそうに仕事の話をするので、いずれ経営者になるのが夢の1つでした。

 ただ、充さんは「子どもに会社を継がせるつもりはない」と公言していたといいます。甘えが出たり、本人の可能性を狭める可能性があったりするからだそうです。

 大学卒業後、マーケティング・リサーチ事業を展開するクロス・マーケティングに入社。3年目には、売上高5000億円以上の大企業を担当する部署で、まだ取引のない約20社への営業活動を担当しました。

 そこで感じたことの1つが、事前の市場調査などを入念にした上で商品を発売しても、その後の販売促進に悩む大企業の多さです。最近ではPRまで自社で担う企業が出てきましたが、当時は販促の方法が分からず、大手広告代理店に丸ごと頼む事例をよく見かけたそうです。

 企業が自社で販促活動をするとき、漫画を使えば様々な媒体で展開しやすいのではないか――。寛之さんにとって、トレンド・プロの漫画広告事業への関心を深めるきっかけになりました。

「新しいことにどんどんチャレンジしよう」と普段から社員に呼びかける岡崎寛之さん(トレンド・プロ提供)

 社会人になって6年が過ぎた2018年、トレンド・プロの役員から寛之さんに入社の誘いがありました。マーケティング会社での実務経験が自社の成長に役立つのではと、当時社長だった充さんに役員が提案したそうです。

 当時、トレンド・プロは黒字経営だったものの、売上や利益が伸び悩んでいたといいます。2013年ごろまでは従業員7~8人の小所帯でしたが、ネット向けの漫画広告市場が拡大したことで、2018年には従業員が約20人に増えました。

 寛之さんは「人数が増えたことに加え、若手社員の仕事に対する考え方や価値観も多様化し、会社が小さな時には効果的だった父のトップダウン型の経営が、次第に通じにくくなっていました」と話します。

 会社を継ぐことは考えていなかったため、入社を打診された時は少し戸惑ったそうです。

 「経営者になりたいという夢は以前からありました。ただ、トレンド・プロに入っても、必ず社長になれるとは限りません。とはいえ、具体的な起業イメージはまだ持っていませんでしたし、何より父の会社を再び成長させたいという気持ちが膨らんでいったのです。仮に社長になれなくても、良い経験ができると思い、入社を決めました」

トレンド・プロが漫画を担当した書籍がずらりと並ぶ。「ザ・ゴール」や「LIFE SHIFT」などベストセラーの漫画版もある(トレンド・プロ提供)

 入社した寛之さんは人事部長になりました。社長の充さんからは「社内のコミュニケーションを円滑にするため、社員とたくさん話してほしい」と言われていました。会社の現状を把握し、社員との信頼関係を築こうと、毎回2人ずつランチに誘ったのです。

 社員と話すうち、3つの課題に気づきました。1つ目は、トレンド・プロの仕事が漫画制作にとどまり、その活用法や販促活動の提案まではしていないこと。2つ目は、仕事の一部を人に頼むより、全て自分でこなした方が評価される考課制度だったため、多くの社員が仕事を1人で抱え込んでいること。3つ目は、顧客からの修正依頼に際限なく応じていたため、いつまでも仕事が終わらないケースがあることです。

社員と談笑する岡崎寛之さん。積極的にコミュニケーションを取り、考えや意見を聞くように心がけているという(トレンド・プロ提供)

 まずは1つ目の課題に取り組みました。寛之さんによると、ただ漫画を制作するだけでは単価が低くなりがちで、利益率は高くないそうです。

 しかし、作った漫画の活用法を提案したり、その後の販促活動に伴走して改善に取り組んだりすれば、高付加価値のサービスを提供できると考えました。「漫画を通じて顧客ニーズに応える総合プロデュース企業」への脱皮を目指したのです。

 本当の顧客ニーズを把握するには、要望や悩みを深い部分まで聞き取り、様々な提案をする担当者が必要です。そこで2019年に営業部を発足させました。

 社員の多くは編集者です。漫画の構成を考えて漫画家に制作を頼んだり、仕上がった漫画のコマ割りやセリフを修正したりします。それまでは編集者が顧客対応から編集作業までまんべんなく関わっていたため、「顧客対応は営業、漫画制作は編集」と分業体制を明確にしたのです。

 そのころ、父・充さんには「会社設立から30年経ち、時代が変わった」という思いと「70~80歳まで現役でやりたい」という思いが交錯していました。そこへコロナ禍が訪れます。

 コロナ禍ではまず、経営面で大きな打撃を受けました。注文が大きく減ったことで、2020年10月期決算(2019年11月~2020年10月)の営業損益は3000万円の赤字に転落したのです。

 同時にコロナ禍では社員のリモートワークが進みました。オンラインでのやりとりが主流になると、充さんには社員の仕事ぶりが分からず、評価もしづらくなったといいます。また、社長候補の1人が会社の方向性をめぐって充さんと折り合えず、退社した時期も重なりました。

 こうしたことから充さんは、今が代替わりの時だと判断します。次期社長として経営陣の意見が一致したのは、積極的に事業変革に取り組む寛之さんだったといいます。

 こうして2020年10月、社長に就いた寛之さんは「漫画を通じて顧客ニーズに応える総合プロデュース企業」への変化を加速させる方針を明確に打ち出します。

漫画の人物デザインを決める会議の様子。意見を出し合いながら、コンセプトに合ったキャラクターを作る(トレンド・プロ提供)

 具体的に何をするのでしょうか。例えば、顧客企業の商品を買ってもらうための漫画を載せた資料があるとします。顧客企業からは、資料のURLを自社サイトに載せたいという依頼が来ます。

 しかし、自社サイトへの訪問者が少なければ、資料にたどり着く人はわずかなので、資料内の漫画は読まれません。そこで、漫画が読まれるまでの施策を一緒に考えるのです。

 自社サイトの訪問者数や資料のクリック率を確認するだけではありません。クリック率が悪いなら、SNSから資料に直接飛んで漫画を読んでもらう手もあります。資料にたどり着く人が多いのに購入者が少ないなら、漫画の内容が悪いのかもしれません。

 このように、効果的な導線になっているか、そもそも訴求方法として漫画が適切かといった点も含め、顧客企業に向き合うのだといいます。場合によっては漫画以外の選択肢を与えかねませんが、結果的に顧客企業の信頼を得て、社内の別の部署を紹介してもらえることも増えたそうです。

応接間にジャンル別に並んだ作品を見せながら、顧客に漫画の活用方法を説明する(トレンド・プロ提供)

 次に評価制度の改革に着手しました。「社員が仕事を1人で抱え込み、生産性が上がらない」という問題を解決するためです。個人目標の代わりに、チーム目標の達成度を測ることにしました。すると、チームがお互いの得手不得手を把握し、うまく分業できるようになったことで、従来に比べて1人当たり1.5倍の仕事量をこなせるようになったといいます。

 追い風も吹きました。コロナ禍の長期化により対面の説明会や研修を開きにくくなったことで、企業から社内向けの漫画制作の注文が急増したのです。例えば、大手百貨店からは自社のポイント制度のマニュアル、大手ファストフードチェーンからはアルバイト向けの教材、大手通信会社からはコンプライアンス研修用の資料を受注しました。

 その結果、2021年10月期の売上は前期比30%増え、営業損益も黒字に転換しました。

 一方、社内向けの打ち手も必要になりました。社内に4つあるチームのマネージャー(リーダー)の1人から「テレワークで1人で仕事を続けていると、心身のバランスを崩す人もいるのではないか」という指摘があったのです。実際、精神の不調を訴える社員も出てきました。

 そこで、医師向けの情報サイトを運営するエムスリーの「M3PSP」という企業向けサービスを導入しました。従業員やその家族が、看護師や保健師に何度でも健康相談をしたり、医師にオンライン相談をしたりできます。

 また、緊急事態宣言が出ていない時期には月に1度、各チームでランチに出かける機会を設けました。費用は会社が負担します。そのほか、直近24時間以内にあったうれしいことを発表する「ハッピー&ニュー」という企画を週に1度実施し、役職を超えて雑談が生まれるようにしました。

 社員と話す中で気づいたこともあるといいます。例えば寛之さんは一部の社員に対し、受注する際の値引き率を決める権限を与えていました。しかし、中には自分で判断することが苦手な人もいたのです。

 「トップダウン型だった父の頃とは時代が違うと考え、権限委譲を進めましたが、一部の人には不向きだと分かりました。社員に委ねすぎるのではなく、場合によっては個別の対応が必要だと感じました」

締め切りが迫っている時は、編集者が漫画を修正することもある。漫画好きや漫画を描ける編集者が集まっている(トレンド・プロ提供)

 2022年10月期の売上高は、前期比10~15%増の見通しです。「漫画を通じて顧客ニーズに応える総合プロデュース企業」への変化が実を結びつつある、と寛之さんはみています。

 ここ数年で、講談社とのタイアップ企画も始まりました。顧客企業から数千万円の大型予算でインパクトのある施策を打ちたいと相談された場合、人気漫画家に漫画を描いてもらい、サービス導入や商品購入のきっかけとなる資料ダウンロードに結びつける施策を、講談社と共同で提案するのです。

 「有名作品の漫画家に描いてもらうと資料のダウンロード数が上がりますし、弊社も好条件で受注できます。顧客企業にも弊社にも良い影響をもたらしています」

 寛之さんの目先の目標は、さらに売上と利益を伸ばし、社員の給料を上げることです。

 「売上を上げるには3つの方法があります。1つ目は編集作業を社外に委託すること。2つ目は社内の生産性をさらに高めること。3つ目は制作した漫画を使った広告運用事業を本格化させることです」

 漫画の編集作業は自社で行ってきましたが、少しずつ外部委託を進めているそうです。生産性に関しては、今までは顧客と編集者が直接やりとりしていたため、所定の修正回数を超えた後でも「修正を頼まれたら断れない」という状況が続いてきたそうです。今後は営業担当者を経由することで、修正は所定の回数までとし、ずるずると編集作業が長引くことのないようにしたいといいます。広告運用については、SNSの運用代行や他媒体への漫画広告の出稿提案などに乗り出したいといいます。

 顧客の満足度を高め、無駄な労働時間を減らすことで、社員が仕事を通じて得られる充実感は増す、と寛之さんは考えます。仕事が充実すれば、社員の日々の生活も充実し、さらに仕事に打ち込めるので会社にとってもプラスになる――。そのために今後は、顧客満足度のさらなる向上と、勤務時間中の非効率の洗い出しが課題だそうです。

 父の会社に入って4年。思わぬ形で経営者のバトンを引き継ぐ形になりました。入社時に社員と積極的にコミュニケーションを取り、お互いに意見を言いやすい関係を作ったことが、今も役立っていると寛之さんは言います。私たちの暮らしの中で、トレンド・プロの関わった漫画を見かける機会が、今後ますます増えるかもしれません。

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