ロシアの民間軍事会社『ワグネル』の反乱は、プーチン政権にどれだけ打撃を与えたのか。防衛省防衛研究所・兵頭慎治さん、ロシアの軍事・安全保障が専門の東大先端研専任講師・小泉悠さんに解説していただきます。
(Q.ワグネルのトップ、プリゴジン氏の消息が途絶えています。どういう状況にあると思いますか)
兵頭さん:「どこにいるかハッキリしません。当初、ベラルーシに国外追放されることで罪に問われないことになりました。そのままベラルーシに入国するとみられていましたが、消息不明という見方が強まりました。それを打ち消すかのように、ロシア当局は『捜査はまだ続いている』という情報を提供しています。この辺りから、プリゴジン氏は野放しにされているのではなく、ロシアの統制下で移送されている可能性があります。プリゴジン氏はこの間、今までのようにSNSで発信することはできないと思います。今後は、プリゴジン氏がベラルーシに入国したかどうか。入国した後、どんな立場に置かれているか。この辺りが注目されます」
(Q.今回の反乱は、宣言から一日足らずで撤収となりました。どんな印象を受けましたか)
小泉さん:「色んな人にとって、予想外だったと思います。ワグネルが公然とプーチン大統領に逆らう行為を行ったことも、ここまでやったのにあっさりと矛を収めたこと意外もでした。恐らく、プリゴジン氏はずっと問題になっていた国防省との契約の問題などで、何らかの妥協を引き出したと思って矛を収めたが、終わってみると、そんな簡単に無罪放免もしてもらえない。しかも、反乱の過程で、友軍のロシア空軍機を何機も撃墜しています。この件も最初は、下院国防委員長のカルタポロフ氏は『ワグネルは何も壊していない。いいんだ』と言っていました。しかし、26日になって、ロシア軍の将軍が『こんなこと許せる訳がない。必ず罰してやる』と言っています。電撃的に始まって、電撃的に終わりましたが、後始末が長引きそうだという感じを受けます」
(Q.プリゴジン氏がロシアの統治下に置かれていたとしても、うなずける話ですか)
小泉さん:「そうですね。当然“ベラルーシに亡命したので、無罪放免です”とはなってならない。死んだという人もいますが、いきなり消されることはないと思います。ただ、相当厳しい監視下に置かれていることは間違いないと思います」
(Q.市民からは、ワグネルに対して肯定的な声も上がっていました。これは、プーチン政権への批判を反映しているのでしょうか)
兵頭さん:「一部の住民がプリゴジン氏を歓迎する動きがありました。これは必ずしも、プリゴジン氏を反逆者・テロリストとみなして賛同している訳ではないと思います。プリゴジン氏はこれまで、SNSなどを使って効果的な発信をしてきました。例えば“エリート批判”や“軍や国防省の汚職・不正問題”、“この戦争はうまくいっていない”などと発信してきました。ここがかなり共感を得た部分があります。それから、ロシア国内は厳しい情報統制下にありますが、プリゴジン氏の発信だけが何でも許されるところがあって、閉塞感を打破するような、国民が受け入れやすい状況があったと思います。ワグネルは一定の戦果をあげていて、功労者という受け入れをした人もいるのではないでしょうか」
小泉さん:「“プリゴジン氏は本当のことを語ってくれる”という感覚があるんだと思います。もう一つは、ロシア人の雰囲気として、色んなことがうまくいっていない時に“プーチン氏の周りにいる腐敗したエリートが悪い”という見方をする人が結構います。プリゴジン氏が繰り返すエリート批判は、そういう感覚と非常にマッチする部分があるのではないでしょうか。プリゴジン氏も時々、プーチン氏を揶揄(やゆ)することがありますが、より強いのは『国防大臣や参謀総長が無能・怠惰なんだ』と言っています。今の国防大臣であるショイグ氏は、ロシアの世論調査で“信頼できる政治家”として、プーチン氏に次ぐ人気政治家でした。ところが、最近の世論調査では、かつて見たことがないくらい順位が落ちたと言われています。戦争がうまくいかず、ショイグ氏の神通力が落ちつつあるなかで、プリゴジン氏の歯に衣着せぬ物言いが受けているのだと思います」
(Q.プーチン政権にとってワグネルは、欠かせない存在だと言えますか)
小泉さん:「例えばシリアやリビアといった遠い地域に部隊を派遣したいが、国民の理解が得られない、死者が出た場合に国民に説明ができない。それでも介入したい時に、最先鋒になってくれたのがワグネルでした。プーチン氏にしてみれば、便利な裏方だったと思います。もう一つ忘れてはいけないのは、プリゴジン氏は、インターネットリサーチエージェンシーという、偽情報会社のオーナーでもあります。実際に武力を使うオペレーションも、偽情報を流してアメリカの大統領選に介入するオペレーションも、ロシア政府が『我々は知らないですよ』と言いながら、色んなことをやらせる時に便利な人でした」
(Q.アメリカのブリンケン国務長官は「ロシア国内で明らかな亀裂が生じている」と強調していました。どうみますか)
兵頭さん:「亀裂というのは、必ずしもプリゴジン氏と国防省の限られた対立ではないと思います。プリゴジン氏の政治的な影響力が高まって、それに共鳴する人たちは保守愛国派のみならず、SNSなどを通じた発信で若い人たちも賛同する動きが出ています。さらに、プーチン政権の治安・軍当局の内部にもシンパがいるのではないかと。そうなると、プーチン政権全体の亀裂、場合によっては対立に発展していく可能性があります。今回、ワグネルがモスクワまで200キロの地点まで進軍できたのも、治安・軍当局の内部にシンパがいて、派手な戦闘が起きてロシア社会の分断・対立が大きくなって、プーチン政権にとって非常に大きな穴があく危惧があったので、進軍を黙認していた可能性があります」
(Q.プリゴジン氏はウクライナ侵攻の大義も批判しました。そうなると、プーチン政権の穴を見せてしまうことになりかねませんね)
兵頭さん:「プリゴジン氏は進軍直前、『プーチン氏がこれまでに言っていた“ロシア系住民がウクライナから攻撃されてきた”というのは違う』とハッキリ述べて、ウクライナ侵攻の大義を真正面から否定しています。これも非常に大きな禍根をロシア国内に残す可能性があります。戦争の正当性が失われる危険も出てきました」
(Q.今回、ベラルーシのルカシェンコ大統領が仲介する形で収束したとされています。ルカシェンコ氏の手を借りたことは、プーチン氏にとって汚点になりましたか)
兵頭さん:「内乱を見過ごしたこと自体、プーチン氏の統治力が問われます。さらに、自ら解決することができず、ルカシェンコ氏の力を借りることで、内乱を収めざるを得なかったことも、プーチン氏の求心力が低下している印象を内外に与えることになったと思います」
(Q.自分は肝心なところを逃げて、話を取り繕うことは他人にやらせ、批判もそちらに行くようにしていると見られかねないですね)
兵頭さん:「そうですね。ワグネルとロシアの対立も、プーチン氏にはこれまで何度も解決する機会があったと思います。ただ、プリゴジン氏をベラルーシへの出国と、最後まで問題を鎮圧することができませんでした」
(Q.一時的にせよ、ワグネルに進軍を許してしまいました。プーチン氏の指導力に陰りはありますか)
小泉さん:「本当に陰っているかは分かりませんが、陰っているように見えてしまいます。ロシア国民から見た場合、公然と武装反乱を起こした組織がいて、全く妨害されることなく、モスクワの目の前まで行ってしまいました。これまでの“強い大統領”という神話に対して、実地に否定するようなことをやった感じがあります。しかも、プリゴジン氏が非常に人気があります。つい数カ月前までは、プリゴジン氏がワグネルのオーナーであることさえ、公的には否定されていたのに、バフムト攻防戦では軍服を着て最前線に出てきて『俺たちがバフムトを取ったんだ』と、一気に物凄い存在になりました。そのプリゴジン氏が反乱をしたのに、プーチン氏は何もできなかった。1回は『これは反乱だ。絶対に鎮圧する』と言ったにもかかわらず、ベラルーシに出国させてしまう。色んな考えがあってやっているのでしょうが、はたから見ているとピリッとしません」
(Q.プリゴジン氏の反乱は幕引きになったと思いますか)
小泉さん:「あまりそういう感じがしません。今回の件の落としどころがブレまくっています。ロシア軍機を撃墜した件をどうするのか。プリゴジン氏の捜査は続いているのか終わっているのかも分からない状況です。プリゴジン氏自体は恐らく、ベラルーシのルカシェンコ氏のもとで、身柄預かりということなのでしょうが、果たしてプリゴジン氏は、私兵集団を取り上げられて、何の権限もなく、大人しく軟禁されているかも分かりません。さらに言うと、ワグネルは武装解除されていません。今回の反乱については、まだ反乱があるのではないかという気がします」
(Q.今回の反乱が、ウクライナ侵攻にどんな戦況を与えると考えますか)
兵頭さん:「ウクライナからすると、ロシアの内紛は歓迎すべき話で、ロシアの戦闘能力が弱まることを期待していると思います。プーチン氏は今後、自らの政権基盤をいかに固めていくのか、政治シフトに行かざるを得ません。来年3月の大統領選挙、その前哨戦である統一地方選挙が今年9月に始まります。プーチン氏は、戦況よりも政治を優先する可能性があります。そうすると、前線で軍事合理的な戦闘ができなくなり、コラまで以上に対応が難しくなってくる可能性が出てきました。そういう意味での、戦況への影響はあり得ると思います」
小泉さん:「戦術レベルではあまりないと思います。ただ、これから選挙が始まるから、プーチン氏は国内を見ないといけない。しかし、ワグネルの乱もあって、国内情勢はかつてなく不安定化している。こうしたなかで、はたしてプーチン氏が合理的な戦争指導ができるのかどうか。これですぐにロシアの戦争遂行能力がなくなることはありませんが、戦争がこれからも続くことを考えると、中長期的には大きな影響があると思います」
(Q.大統領選挙を節目に物事は動いていきますか)
兵頭さん:「今回のプリゴジンの乱は、政権にとってダメージになったと思います。そうなると、大統領選挙に向けて、いかに内政の安定化を図ることが、プーチン氏にとって当面の焦点になると思います」
(Q.これから何を注目していきますか)
小泉さん:「まず一つは戦況です。今回の反乱が戦術レベルで大きな影響を及ぼしていないということは、逆に言うと、戦場は独自の論理にしたがって動いているということです。ウクライナの反転攻勢がうまくいくのか、いかないのか。もう一つは、プリゴジン氏が実際にどうなっているのか。次にプリゴジン氏が姿を現す時に、生きて出てくるのか、死体で見つかるのか。ここも当面の大きな焦点になると思います」
からの記事と詳細 ( 【報ステ】プーチン体制“終わりの始まり”か…ワグネル反乱の影響は 専門家2人に聞く2023/06/26 23:30 - テレビ朝日 )
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