ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めてから5か月が過ぎました。ロシア軍はミサイルや砲弾など火力を大量に使った攻撃でウクライナ軍に打撃を与え、ウクライナ側はアメリカなどから供与された高性能兵器で激しく応戦しています。互いに多くの人命が失われ、兵力をすり減らしながら戦う“消耗戦”となっているこの戦争は今後どうなっていくのか、その行方について考えます。
■消耗戦で失われる人命
2月24日に軍事侵攻が始まった直後、軍事力の圧倒的な差から、ウクライナが短期間で制圧されるとの見方が大勢でしたが、戦闘はすでに150日以上続いています。戦死者の正確な数はわかっていませんが、アメリカやイギリスの情報機関は、ロシア軍に少なくとも15000人、ウクライナ軍もそれに近い死者がでていると分析しています。15000人というのは、旧ソビエトがかつてアフガニスタンに侵攻した9年間の戦死者に匹敵する数で、両軍ともに非常に多くの人命が失われていることをうかがわせています。
ウクライナでの地上戦は、ロシア国境に近いウクライナ東部から海沿いの南部につながる薄いピンクと赤色で示した帯状の部分をロシアが掌握する状態が続いていて、その境界付近で激しい戦闘が行われています。東部はロシアが優勢と伝えられてきましたが、2か月前の地図と比べても、ロシアは大きな前進ができているわけではありません。
■ウクライナ軍の戦いを支えるもの
この5か月間、ウクライナがここまで持ちこたえてきたのは、ウクライナ国民の抵抗への強い意思とNATO諸国からの強力な軍事支援があったからに他なりません。
NATOは直接戦闘には参加しないかわりに、西側の高性能兵器をウクライナに供与。加えて、ウクライナ軍の参謀本部には、アメリカ軍やイギリス軍の要員が入って情報の提供や戦術面の助言をしているとみられます。衛星や偵察機などで収集したロシア軍の位置情報や、通信傍受によって得た情報などを提供し、ウクライナ軍はそれらをもとにロシア軍を攻撃しています。また、先月新たに投入されたアメリカの高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」は、およそ70km先にある標的をピンポイントで攻撃することができます。最前線のはるか後方にあるロシア軍の弾薬庫や指揮所などを正確に破壊し、ロシア側に大きな打撃を与えています。ウクライナで続く戦争についてバイデン大統領は、「専制主義に対する民主主義の戦いだ」と強調しています。実際に最前線で戦っているのはウクライナ軍ですが、
「形を変えたNATOとロシアの戦い」と言えるかもしれません。こうした西側諸国の姿勢は、「国際ルールや民主主義を否定するに等しいプーチン大統領の横暴を許せば、さらなる脅威が国際社会に広がりかねない」という危機感を反映したものです。
■ロシア軍の戦い方①火力の数と量で圧倒
欧米の軍事支援を受けるウクライナ軍に対して、ロシア軍は、火力の「量」で対抗しようとしています。ロシアは初め、ずさんな作戦計画のもと、戦車部隊を投入して首都キーウなど主要都市を一気に落とそうとして失敗しました。
そこで、当面の作戦目標を東部2州の掌握に変更し、分散していた戦力を東部に集中させました。そして、一度に大量のミサイルや砲弾を打ち込む戦法をとっています。使われている砲弾などは、冷戦時代に製造され老朽化したものも多く、“一発必中”で仕留める西側が供与した精密兵器に対して、ロシア側は、命中精度は低いものの弾の数や火力の量で圧倒しようとしています。
ロシアが大量の火力に頼る背景には、経済制裁によって、高性能のミサイル用の半導体が入手できないという事情があります。最近ロシア軍は「対艦ミサイル」や「対空ミサイル」を本来の目的とは違う地上攻撃に使っていますが、精密誘導の兵器が極度に不足している表れと言えるでしょう。
■ロシアの戦い方②市民も標的に
ロシア軍の攻撃について、もう一つ無視できないことがあります。それは、攻撃によって生じる 民間人の犠牲が極めて多いという点です。
侵攻開始以来、病院や学校、商業施設などが次々に攻撃され、国連の発表によれば、これまでに幼い子供を含む5000人以上の市民が犠牲になったとされています。これはこれまでに確認が取れた数であり、実際の数ははるかに多いとみられています。また、必ずしも「巻き添え」ではなく、市民そのものを標的にしたような攻撃も少なくありません。3月には数百人の市民が逃げ込んでいたマリウポリの劇場が爆撃され、凡そ300人が死亡。今月に入ってからも、ドネツク州の集合住宅がミサイル攻撃され31人が死亡するなど、市民の犠牲が相次いでいます。こうした攻撃について、ロシア政府は否定していますが、国際人権団体は「明確な戦争犯罪だ」と厳しく非難しています。 ロシア軍は、市民を標的とする攻撃を繰り返すことで、恐怖を植え付け、軍事侵攻への抵抗の源であるウクライナ国民の“戦意”を喪失させることを狙っているのではないでしょうか。
■南部で反転攻勢か
さてここに来て、戦況に新たな動きも出てきています。
ゼレンスキー大統領は今月、ロシアが掌握している南部の沿岸部を奪還するよう軍に命じ、すでに一部で攻勢に出ています。東部に比べてロシア軍の戦力が手薄で、黒海に面し、戦略的にも重要な南部をまずはおさえようという狙いです。一方、ロシアのラブロフ外相も先週、「地理的な目標は変わった」と述べ、東部に加えて、南部でも作戦を強化する考えを示しました。今後、南部での攻防の激化も予想されます。
そしてウクライナの戦況について、先週、イギリス情報機関のトップから興味深い発言がありました。対外情報機関、通称MI6のムーア長官は、「ロシア軍は失速寸前だ。今後数週間にわたりロシア軍は兵員や補給の不足に直面することになる。ウクライナに反転攻勢のチャンスが訪れるだろう」と発言しました。情報機関による発信は情報戦の側面もあって鵜呑みにはできませんが、今後、南部での攻防で、戦況に大きな変化があるのか、注目されます。
■西側の軍事支援が“頼みの綱”
いずれにしても、ウクライナが形勢を逆転し、その後も戦い続けるには、NATO諸国からの軍事支援が「頼みの綱」であることに変わりはありません。攻撃の成果をあげている西側の高性能兵器が現場の部隊に届けられたのは、総延長およそ1000kmに及ぶ長大な戦線の一部だけです。
また、軍事支援を行う側には ある種のジレンマがあります。ウクライナに強力な兵器を供与し過ぎれば、ロシアを過度に刺激して、不要な戦火の拡大を招きかねない、最悪の場合、核兵器が使われかねないという懸念があるのです。欧米諸国が今後、十分な兵器を前線に一気に届けることができるかどうか、そして、そうした支援を最後まで継続できるのかが、今後の戦況を左右する鍵です。さらに、消耗戦が長引き、市民の犠牲が増えていく中でも、ウクライナ国民が侵略行為に対する“抵抗の意思”を維持できるかどうかも、ウクライナの将来を左右する要素です。
■終わり見えない中で大切なこと
ここまで見てきたように、ウクライナでは激しい攻防が続いており、戦争が終結する兆しは見えず、長期化は避けられない見通しです。世界経済への影響は続き、人々の暮らしにも様々な「痛み」が出てくることも予想されます。日本にとっては、そうした中でも、ロシアの侵略行為は認めないという立場を貫き、軍事侵攻を終わらせる外交努力が重要なことは言うまでもありません。そして、私たちひとりひとりも、ウクライナでの出来事を我が事としてとらえ、その行方に一層の関心を持ち続けることが大切だと思います。
(津屋 尚 解説委員)
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