30万人以上の民間人の命が奪われた泥沼の内戦が終わりを迎えるのでしょうか。
中東シリアのアサド政権は、反抗する人たちを武力で弾圧したとして、これまで国際的な非難を浴び、孤立を深めてきました。ところが、今、状況が大きく変わろうとしています。
アラブの国と地域でつくるアラブ連盟が12年ぶりにシリアの復帰を容認。アサド政権にとっては、国際社会での孤立の解消にむけた大きな一歩となったのです。
ただ、内戦で傷ついた人たちに平穏な日々が戻るのかと言えば、残念ながら状況はそんな簡単なものではありません。
(カイロ支局スレイマン・アーデル記者 / ドバイ支局山尾和宏記者)
笑みを浮かべるアサド大統領 シリアがアラブ連盟復帰
笑みを浮かべながら、各国の首脳と抱擁や握手を交わすシリアのアサド大統領。5月19日、サウジアラビア西部のジッダで開かれたアラブ連盟の首脳会議にその姿がありました。内戦が続くシリアがアラブ連盟への復帰が認められたのは12年ぶりで、アサド大統領の言葉は自信すら漂わせていました。
「この首脳会議が、アラブの国の団結を助けることを願っています。シリアはアラブの心臓です」
開催国のサウジアラビアのムハンマド皇太子も「シリアがアラブ諸国において、正常な役割を再開することに貢献することを願っている」とアサド大統領を歓迎しました。
長らくアラブ諸国をはじめ世界各国との関係が断たれ、孤立を深めていたシリア。首脳会議への出席は、アサド大統領にとっては、国際社会復帰にむけて大きな前進となりました。
打倒アサドだったはずなのに シリア内戦
アサド政権がアラブ連盟から締め出されたきっかけはシリアの内戦です。
中東で「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が広がった2011年、シリアでも反政府デモが各地に広がりました。シリアでは、1971年にアサド大統領の父親がクーデターの結果、権力を握って以来、強権的な政治が続いていましたが、アラブの春が飛び火する形で、人々の生活への不満が爆発しました。
しかし、アサド政権は、抗議デモを武力で弾圧。これをきっかけに、反政府勢力との内戦に発展しました。
アサド政権は否定していますが、内戦のなかで、OPCW=化学兵器禁止機関はアサド政権が化学兵器を使用したと断定しています。
過激派組織IS=イスラミックステートが台頭して内戦が泥沼化し、一時は劣勢となったアサド政権ですが、2015年からロシアによる空爆の支援を受け、戦況は次第に政権側に有利に傾いていきました。今では、シリアの多くの地域がアサド政権の統治下に置かれています。
アサド政権の軍事的勝利揺るがず 関係改善図るアラブ諸国
アラブ連盟は、アサド政権の民主化デモの弾圧などを理由に、アラブ連盟の参加資格を2011年以降停止していましたが、ことし5月、その方針を12年ぶりに撤回しました。
方針転換の背景には何があるのか。
シリアでのアサド政権優位
背景の1つは、軍事情勢です。シリアにおいて、もはやアサド政権による軍事的な勝利は確実で、この情勢は覆りようはないと周辺国は受け止めています。
アメリカの中東への関与の変化
また、これまで中東で影響力を保ってきたアメリカが、軍事的にも経済的にも中東での存在感を低下させていると指摘されるなか、これまでアメリカと足並みをそろえてきたアラブ諸国が独自の外交を展開する動きを見せ始めています。
ことし3月、アラブ連盟を主導するサウジアラビアが、アサド政権を支援するイランと7年ぶりに、外交関係を正常化することで合意。サウジアラビアとシリアの間でも、急速に関係改善が進みました。
シリアで高まるイランの影響力
シリアでは、アサド政権を支援したイランの影響力が拡大しています。サウジアラビアなどは、シリアのイランへの過度な傾斜を防ぐためにも、アサド政権との関係を回復することで一定の影響力を確保したい思惑もあるものとみられます。
経済立て直しで地域の安定必要
アラブ諸国側がシリアを必要とする事情もあります。アラブ諸国は今、高い失業率の解消や、石油に頼る産業構造の転換など、喫緊の課題に直面しています。
課題の解決には、地域を安定化させ、外国からの投資を呼び込み、国内経済をもり立てていく必要があります。内戦でのアサド政権の優位が揺るがない中、これ以上、シリアと対立するのは得策ではないと考えたのです。
アラブ諸国の外交政策に詳しいシンクタンクの代表は、アサド政権とアラブ各国の関係改善はそれぞれが自国の利益を優先した結果だと指摘します。
ハミド・ファレス氏
「アラブの首脳たちはシリアの資格停止には意味がなく、逆に地域を分断させ、安全保障上のマイナスな影響を与えていると判断した。アサド政権にとっても、アラブ諸国と関係を改善することで国の政治的安定が実現し、内戦で破壊されたインフラの再建や復興のために必要な投資などにつながると考えた」
家族死亡の責任はどこに 取り残された反体制派
しかし、アラブ連盟がシリアの復帰を認めたことに、憤りを覚えている人もいます。
とりわけ、アサド政権に抵抗した人たちは、北西部などの反政府勢力の支配地域に逃れ、国連の支援などを受けながら、今なお厳しい生活を余儀なくされています。
北部の都市アレッポで暮らすアリ・アブジュード(41)さんは、7年前(2016年)、アサド政権側に自宅が空爆され、妻と4人の子どもを失いました。アブジュードさんは、誰も責任を問われることなく、家族の犠牲が忘れられていくのではないかと懸念しています。
アリ・アブジュードさん
「私たちは殺害された子どもたちのことを忘れてはならないはずだ。アラブ諸国がアサド政権と関係改善しても私たち市民には関係ない。私たちのアサド政権に対する革命はこれからも続ける」
また、国外に逃れた人のなかにも、祖国へ戻る道筋が見えないという人もいます。
UAE=アラブ首長国連邦で暮らすワリド・ナブワニさん(61歳)。アサド政権打倒を目指す運動に参加したことがあり、4年前、シリアの情報機関が居場所を探していることを、国内にいる家族から聞かされました。政治犯として拘束されるのを恐れ、帰国できないと言います。
ワリド・ナブワニさん
「アラブ連盟に、残虐なアサド政権の手法を変えさせる力があるとは思えない。このままでは、私たちに身の安全を保証するものは何もなく、帰国などできない。このままアサド政権が何の変化もないまま国際社会に復帰すれば、私たちの闘いは無駄になるだろう」
内戦の責任が問われないまま、アラブ諸国がアサド政権に手を差し伸べたことに対する反発は、根強いものでした。
シリアの将来は 対抗するカタール
シリアはアラブ連盟への復帰を果たしましたが、アメリカ政府は、アサド政権への経済制裁を続ける方針を明らかにするなど、欧米のシリアに対する厳しい姿勢は変わっていません。
それにアラブの国々のなかにも、アサド政権に厳しい態度をとる国もあり、一枚岩ではありません。
反政府勢力を支持してきたカタールはアラブ連盟がシリアの復帰を認めた後も、「我々の立場は変わらない」と強調。さらに、カタールのタミム首長はアラブ連盟の首脳会議に出席こそしたものの、アサド大統領とは言葉を交わすことなく、途中で退席したのです。その真意はわかりませんが、アサド大統領の出席への反発を示したとも受け止められています。
カタールは、シリアの反政府勢力にとって最大の支援国です。反政府勢力側をシリアの正当な代表として、2013年からは反政府勢力による大使館の運営を認めてきました。
“在カタールシリア臨時代理大使” ビラル・トルキヤ氏
「シリアのアラブ連盟復帰は、むしろ、シリア内戦の政治的な解決の機会を奪うことになる。私たちは、アラブの国々が私たちの側に立ってくれることを待っている」
内戦は終わるのか
シリアのアラブ連盟復帰で、内戦は終結に向かうのでしょうか。その答えの糸口を探ろうと、かつて内戦の渦中にいた人物に話を聞きました。
ムアズ・ハティブ氏は、2012年に発足した反政府勢力のグループ「シリア国民連合」の初代代表を務め、2013年にはシリア代表としてアラブ連盟の首脳会議にも出席しました。ただ、目指していたアサド政権打倒は成し遂げられないまま、代表を辞任し、今は表舞台から離れています。
ハティブ氏は、12年間を振り返って、内戦の原因はアサド政権側にあり、アラブ連盟復帰が内戦終結を後押しすることに懐疑的でした。ただ、アサド政権だけでなく、反政府勢力側の対応にも課題があると指摘します。
反政府勢力「シリア国民連合」ハティブ元代表
「アサド政権だけでなく、反政府勢力側も、内戦終結に向けた具体的な方向性を示せていないと思います。当時を振り返れば、われわれは、限られた考え方にこだわり過ぎていました。今はののしり合う時ではなく、ビジョンを持った上で、国際的な協議を進めるべき時です。そうでなければ、内戦は長引くことになると思います」
「アラブの春」では、その後、「民主化」の定着にはいたらず、人々が求めた「春」が訪れることはありませんでした。各国での「忘却」とともに、最も混迷を極めたシリアに対してもアサド政権の責任を棚上げしたまま、内戦そのものが忘却されようとしています。
そこから置き去りにされた、国内外で避難を続ける1200万人を超えるシリアの人々。いつ、祖国で安心して暮らせるようになるのか、その道筋は見えないままです。
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